生き物の名前

#

IMG_20201220_122221.jpg
私は昔から、生き物や自然の観察が大好きだった。
夏休み、毎日雲のスケッチをして雲の名前を調べたり、
社会人になってからも、スキューバダイビングで魚の観察をしたり名前を覚えたり。

そんなことが好きなんだけど、昔から、
「名前なんか、人間が勝手に決めただけで、
 カエルウオは自分はカエルウオという名だとは知らないし、
 名前を覚えたところで、それはものの本質ではない」
と、よく思っていたし、時々周りにいる人に言っていた。
子ども達にもこれまで何度か言っている。

鶏は、自分は人間に鶏と呼ばれているとは知らない。
別に、「鶏」は「猿」と呼ばれたとしても、何とも思わないだろう。
でも、自然の中で、自分を取り巻くものの本質は知っている。

自然の中の生き物は全てそう。
自分がなんと呼ばれているかなんか知らんけど、
周りの生き物が自分とどういう関係か、は、感じているだろうし、
それで十分だし、むしろそれが大切だと思う。
別に、名前なんかどうでもいい。
私も、私の周りの生き物のように、
名前じゃなくて本質を理解したいと思う。
それは、私が人の名前をなかなか覚えられない理由(言い訳)にも繋がってるんだろうな。

名前なんか人間が勝手に決めただけで本質ではない、と思いつつも、
やっぱりそれは覚えておいた方が、学びが深まって楽しくなる、とも思う。

こうやって毎日鶏の世話をしていても、
鶏は自分が鶏と呼ばれているとは知らんよな、
自分を名古屋コーチンだとは全く認識してないやろうな、
と、アホなことをどうしても思ってしまう。

どうでもいいようなことやけど、
どうでもいい訳でもない気もするし、
ずっと昔から感じていたことを
急に書いておきたくなった。

鶏に名前を付けることに無関心なのは、
こういう考えが私の中に根強くあるからかもしれないな。

コメント欄を読み込み中